慶応3年駿府の幕臣の子として生また。母は幼少にして他界。
 父は東上のの途中、箱根峠で同じ幕臣に惨殺され、同行の幼児は
 2歳で天涯の孤独となる。その時たまたま、通りかかった宮ケ瀬村
 戸長山本氏に保護され養子となった。
 宮ケ瀬で他の義兄弟と共に養育された。ある日、自身の生い立ち
 を隣人から知らされた。 時に13歳。 
 ここで宮ケ瀬を後に研学の道を求め苦闘。 貧しく苦難の道を歩むが
 益々発奮。 明治19年神奈川師範学校卒業。 県下小学校で教鞭
 をとり、東京帝大簡易科をでて、神奈川小学校長、岡山師範、東京
 開成中学、米子中学、金川中学各教諭、西大寺高等女学校長を歴
 任。 大正15年「日本紋章学」を完成。この論文で、帝国学士院恩賜
 賞を受賞。 昭和5年文学博士号を贈られる。
 執念の人として史学、考古学、博物・地学・天文学等造詣深く、神奈
 川に関係ある鎌倉大仏の作者研究、箱根神社調査、箱根治水の由来
 等発見、史跡保存に貢献。
 昭和6年久々に帰郷、宮ケ瀬青年団に請われ、郷土の偉人・大先輩
 としての集まりで講演「宮ケ瀬村の歴史」と標題の小誌与え、この村
 の歴史を補綴・完成するのはあなた方だと青年たちを励ました。
 この、故郷に錦を飾った講演から3年後の昭和9年11月27日立志の
 地東京で永眠。 享年68歳。
 
 「ふるさと宮ケ瀬」 ふるさと宮ケ瀬を語り継ぐ会著 参照