


宮ケ瀬の女性で最初に渡米したサトさん! 飛んでいたのかな!
DNAでしようか、外国へ行きたがっている子孫がいます?
江戸末期、嘉永3年宮ケ瀬生まれ。 ペリー来航をきっかけに、横浜に
外国人受け入れの居留地ができ、風光明媚な宮ケ瀬に保養所を建設、
ついで居留地拡張の異人館を増築。異人屋敷増築中は、宿泊に長福寺
の庫裡を利用。 お里14歳の頃、縁家長福寺に外国人客の給仕に村娘
たちと出ていた。 そこで、毛皮商コロラドスミスに望まれて横浜の商館
へ奉公に行く。 お里16歳。縁あって同氏と結婚。 アメリカに渡る。
2年後、帰国 ヘボン博士等一行と宮ケ瀬に訪れ、きらびやかな洋服、キ
ラキラ光る首飾りなど華かなきらめくお里がそこにいた。事実上の里帰り
だったが、アメリカの風土、風習などに馴染めなかったことと、夫コロラド
スミスちの商売上の意見の相違で一時は離婚を決意、が ヘボン博士
などに打ち明け、夫、博士の説得、居留地の有名人らの取り成しで、スミ
スと仲直りし、新たに勇気、希望を胸に横浜港を出港、渡米。 その後世
界各地で手広く毛皮商を営んだといわれている。
明治22年〜25年(1989〜1992年)ころ死去。 スミス氏から川瀬家へ髪
が送られる。
アメリカでの詳しい生活などの様子は定かではない。
※ヘボン博士(外科医の神、ヘボン式ローマ字の創始者)
藤谷常子著名「思いでは沈まない」 福島定吉著名「唐人お里物語」参照